学校や家で見たことはありませんか?テラモトの「タンポポマット」から考えるマットの進化とは
2019.08.26
商品紹介コラム
学校の昇降口や家の玄関で、茶色と緑とピンクのタワシのような素材で出来たカラフルなひし形模様のマットを見たことはありませんか?
昭和の時代には玄関マットの代表格といっても過言ではなく、どこの家の玄関でもよく見かけたマットです。
実はこのマット、「タンポポマット」といってテラモトが今も製造、販売をしている商品なのです。
今回は、どこかノスタルジックな雰囲気が漂うこのタンポポマットについて、タンポポマットの名前の由来や製造方法などを詳しくご紹介します。
また、タンポポマットから見えるマットの進化と需要の変化についてもご紹介します。
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青春時代の記憶に残るタンポポマットとは
タンポポマットの歴史は古く、発売が開始されたのは第二次世界大戦の終結からわずか6年後の昭和26年(1951年)です。
昭和26年と言えば、民間初のラジオ放送が開始された年であり、第一回目の紅白歌合戦がラジオで放送された年でもあります。
まだテレビ放送も開始されていない時代です。
そんな状況の日本では、まだまだ道路も舗装されていませんでした。
洋風建築の建物ができ、靴を脱がずに建物に入ることが増えたため、靴底についた泥や雪を落とすための玄関マットとしてタンポポマットは開発されました。
タンポポマットは、スチール製の枠内にスチール製のワイヤーを編み込み、ワイヤーの中にブラシを入れ込んで製造します。
ブラシが靴底についた土砂や雪をかき出し、建物の中に汚れを持ち込むことを防ぎます。
学校の入り口、家の玄関はもちろん、商店の入り口などにも設置するマットとして、昭和20年から30年代にかけて大ヒットしました。
気になる「タンポポ」の名前の由来ですが、特徴的なひし形の模様には関係ありません。
タンポポマットを開発したときに、日本中の道端にきれいな花を咲かせるタンポポのようにこのマットも日本各地で愛され、花開くようにとの願いを込めてタンポポマットと名付けられたのです。
タンポポマットで見るマットの進化と需要の変化
タンポポマットは、枠にスチールを使っているため、一番大きなサイズである60×90cmのサイズでは、約3.7kgの重さがあります。
タンポポマットの次に登場した「テラマットダイヤ」は、ブラシ部分は同じポリプロピレンを使っていますが、枠を樹脂製に変更しています。
枠の素材を変更したことによって、同じサイズのテラマットダイヤの重さは2.2kgと1.5kgも軽量になっています。
さらに「花柄ヨクトール」は、ブラシの形状をこれまでの細い繊維状のものから太くてしっかりとした形に変更しています。
これによってブラシ部分がへたりにくくなり、靴底の汚れもさらに落としやすくなりました。
道路の舗装も進み、土の上を歩く機会はほとんどなくなりました。
そのため、靴底が以前のように土砂でひどく汚れることもなくなり、現在は、軽くて移動させやすく、掃除も便利な樹脂製のマットが主流になっています。
土砂や水がマットに溜まらず、下にすり抜けるスルー形状のマットや靴に傷をつける心配のないソフトな感触のマットなど、さまざまな機能を持つ樹脂製マットが登場しています。
タンポポマットの思いを胸に
時代は流れ、マットに求められるニーズの変化にあわせてタンポポマットを目にする機会は減ってきたかもしれません。
しかし、それでもタンポポマットは現在も根強い人気を誇る超ロングセラー商品です。
タンポポマットはテラモトのマットの原点でもあります。
タンポポマットの名前に込められた願いを忘れることなく、道端で人の心を和ませるタンポポのように、今後も日本の各地で末長く愛されるような商品を作り続けていきます。